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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)294号 判決

原告

三井石油化学工業株式会社

被告

特許庁長官 麻生渡

主文

特許庁が平成2年審判第18533号事件について平成3年9月26日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者双方の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和54年4月10日、名称を「オレフイン重合用チタン触媒成分」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和54年特許願第42494号)し、昭和63年9月26日特許出願公告(昭和63年特許出願公告第47721号)されたが、住友化学工業株式会社から特許異議の申立てがあり、平成2年7月16日特許異議の申立ては理由があるとする決定とともに拒絶査定を受けたので、平成2年10月18日査定不服の審判を請求し、平成2年審判第18533号事件として審理された結果、平成3年9月26日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年11月6日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

①  マグネシウム化合物と液状チタン化合物とを機械的粉砕を伴うことなく接触させることにより形成されたチタン、マグネシウム、ハロゲン及び有機電子供与体を必須成分として含有し、更に、オレフイン重合用固体チタン触媒成分重量に基づいて1ないし10%の液状炭化水素を保有していることを特徴とするオレフイン重合用固体状チタン触媒成分(以下、この発明を「本願第一発明」という。)

②  マグネシウム化合物と液状チタン化合物とを機械的粉砕を伴うことなく接触させることにより形成されたチタン、マグネシウム、ハロゲン及び有機電子供与体を必須成分として含有し、更に、液状炭化水素を保有するオレフイン重合用固体状チタン触媒成分を、得られるオレフイン重合用固体状チタン触媒成分の重量に基づいて該液状炭化水素含有量が1ないし10%となるように乾燥することを特徴とするオレフイン重合用固体触媒成分の製造方法(以下、この発明を「本願第二発明」という。)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、本件出願前に日本国内において頒布されたことが明らかな昭和52年特許出願公開第151691号公報(以下「引用例」という。)には、マグネシウム化合物と液状チタン化合物とを機械的粉砕を伴うことなく接触させることにより形成されたチタン、マグネシウム、ハロゲン及び有機電子供与体を必須成分として含有するオレフイン重合用固体状チタン触媒成分をヘキサンで洗浄し、窒素雰囲気中で乾燥することが記載されている。

(3)  そこで、本願発明(この項においては以下「前者」という。)と引用例記載の発明(この項においては以下「後者」という。)とを比較すると、後者における「ヘキサン」は前者における「液状炭化水素」に包含されるので、両者は、

「① マグネシウム化合物と液状チタン化合物とを機械的粉砕を伴うことなく接触させることにより形成されたチタン、マグネシウム、ハロゲン及び有機電子供与体を必須成分として含有するオレフイン重合用固体状チタン触媒成分

② マグネシウム化合物と液状チタン化合物とを機械的粉砕を伴うことなく接触させることにより形成されたチタン、マグネシウム、ハロゲン及び有機電子供与体を必須成分として含有し、更に、液状炭化水素を保有するオレフイン重合用固体状チタン触媒成分を乾燥するオレフイン重合用固体触媒成分の製造方法」である点で一致する。

ただ、両者は、本願第一発明においては、オレフイン重合用固体チタン触媒成分に、前者が、オレフイン重合用固体チタン触媒成分重量に基づいて1ないし10%の液状炭化水素を保有せしめるのに対して、後者は、液状炭化水素を保有せしめるかどうかを明確にしていない点、及び本願第二発明においては、液状炭化水素を保有するオレフイン重合用固体状チタン触媒成分の乾燥の程度を、前者が、得られるオレフイン重合用固体状チタン触媒成分の重量に基づいて該液状炭化水素含有量が1ないし10%となるようなものとするのに対して、後者は、明確にしていない点で一応相違する。

(4)  次に、前記相違点について審究する。

オレフイン重合用固体状チタン触媒成分をヘキサン(液状炭化水素)で洗浄し、窒素雰囲気中で乾燥することが引用例に記載されていることは、前述のとおりであるが、かかる液状炭化水素を乾燥するに際してその乾燥の程度をどの程度にするかは、当業者が当然に考慮することであるので、その乾燥の程度を、本願第二発明のように、得られるオレフイン重合用固体状チタン触媒成分の重量に基づいて該液状炭化水素含有量が1ないし10%となるようなものとすることは、当業者が実験的に容易になし得る程度のことと認められる。そして、このようにして得られたオレフイン重合用固体状チタン触媒成分は、本願第一発明の構成を有するものと認められる。

また、本願発明の作用効果をみても、当業者が予測できる範囲を格段に超えたものと認めることができない。

(5)  以上のとおりであるので、本願発明は、前記引用例記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29状2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、周知技術の技術内容を誤認し、また本願発明の顕著な作用効果を看過して相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1

審決は、「かかる液状炭化水素を乾燥するに際してその乾燥の程度をどの程度にするかは、当業者が当然に考慮することである」との認定を前提に、「その乾燥の程度を本願第二発明のように得られるオレフイン重合用固体状チタン触媒成分の重量に基づいて該液状炭化水素含有量が1ないし10%となるようなものとすることは、当業者が実験的に容易になし得る程度のこと」であり、「このようにして得られたオレフイン重合用固体状チタン触媒成分は、本願第一発明の構成を有するもの」と判断している。

しかしながら、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分のような化学薬品の場合、品質の変動を避けるために恒量に達するまで乾燥を行うのが一般的であり、ハロゲン化マグネシウム担持型のオレフイン重合用固体状チタン触媒成分について乾燥程度を調節するという技術的思想は本件出願前には知られていなかったから、審決の認定判断は誤っている。

なお、被告が後記第3の2(1)において反論の根拠として引用する昭和52年特許出願公開第49996号公報(以下「乙第1号証」という。)には、「チタン触媒成分粒子を液体含量が1重量%より低くなるまで乾燥する」という技術的思想が記載されており、乾燥の程度を調節するという技術的思想が記載されていると見えなくもない。しかし、乙第1号証に記載された固体チタン触媒成分(三塩化チタン粒子)はその組成及び性能において、本願発明の固体チタン触媒成分とは著しく異なるため、技術的に明確に区別されるものである。しかも、乙第1号証において三塩化チタン粒子に含有させるべき液状炭化水素の量として教示されているのは、1重量%より少ない量、好ましくは0.5重量%より少ない量、最も好ましくは0.3重量%より少ない量であり、これらの量は本願発明においては好ましくないとして排除されている量である。したがって、乙第1号証の記載は本件において考慮に値しないものであり、被告の反論は理由がない。

(2)  取消事由2

審決は、本願発明の作用効果をみても当業者が予測できる範囲を格段に超えたものと認めることができない、と判断している。

しかしながら、本願発明によれば、液状炭化水素の保持量が本願発明の範囲内にある場合、白色粉末重合体の生成量、沸騰n-ヘプタン抽出残率、見かけ比重等は高く、微粉末重合体や可溶性重合体の生成量は低く、全体として均衡のとれた重合結果が得られ、本願発明には顕著な作用効果があるから、審決はこの作用効果を看過したものである。

第3請求の原因の認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。

(1)  取消事由1について

原告は、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分のような化学薬品では品質の変動を避けるために恒量に達するまで乾燥を行うのが一般である、と主張する。しかしながら、乾燥すべき液状炭化水素自体は化学的には不活性な物質であるので、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分を液状炭化水素スラリーの状態で使用することが常套手段であることからすれば、液状炭化水素が該固体状触媒成分に少量存在すること自体は構わないといえるから、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分の乾燥に対し化学薬品では品質の変動を避けるために恒量に達するまで乾燥を行うという一般概念を適用する必要は認められず、原告の主張は根拠がない。

そして、沸騰ヘキサン(液状炭化水素)で洗浄したオレフイン重合用固体状チタン触媒成分を窒素雰囲気中で乾燥することは、引用例(6頁左下欄7行ないし7頁左上欄9行)に記載されている。

ところで、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分をその液状炭化水素含量が該触媒成分中に少量存在するように乾燥すると、触媒活性が極めて高いオレフイン重合用固体状チタン触媒成分が得られ、この触媒成分を用いてオレフインを重合すると、見かけ比重(すなわち、嵩密度)が高い、立体規則性が良好な(すなわち、沸騰n-ヘプタン抽出残率が高い)、微粉末重合体や無定形重合体の生成量が少ない、規則的な球形粒子の形をした全体として優れた形態のオレフイン重合体が得られることは、技術常識である(乙第1号証参照)。この点を詳説すれば、乙第1号証には、①乙第1号証記載の発明の発明者は、先行技術であるベルギー特許第780758号明細書記載の発明に従って製造される粒子の利点をすべて有し、しかも重合温度が比較的高い場合に劣った形態の重合体を生成する不利益をもはや受けない三塩化チタン粒子を見出したこと、②乙第1号証記載の発明は、三塩化チタン粒子をその液体含量が該粒子中に存在する三塩化チタンの重量に対して1重量%より低くなるまで乾燥させたものであること、③この乾燥をかかる低い液体含量を与えない条件下で行う場合には、前述の不利益が比較的高温の重合中に観察されること、④これに対し、乾燥を前記の液体含量を行えるように行う場合には、乾燥した粒子はより高い液体含量を持つ粒子と同程度若しくはそれより若干高い触媒活性を示しかつ重合を比較的高温で行った場合でも優れた形態の重合体を与えることが記載されており、これらの記載は、三塩化チタン粒子(オレフイン重合用固体状チタン触媒成分)を、その液体(液状炭化水素)含量が該触媒成分中に低い液状炭化水素含量を与えるように(少量存在するように)乾燥するという技術的思想を開示するものである。

また、液状炭化水素で洗浄したオレフイン重合用固体状チタン触媒成分は、そのままでは湿った状態にあるために、容器等に付着したりして取扱性が悪く、そのままでは反応器等への輸送が困難であり、さらに輸送や貯蔵をする場合に嵩ばるので、その取扱性を良くし、また輸送や貯蔵を容易にするために、このような触媒成分を乾燥することも、技術常識である。

したがって、液状炭化水素で洗浄したオレフイン重合用固体状チタン触媒成分を乾燥するに際しては、嵩密度及び立体規則性が高く且つ微粉末状重合体含量の少ないオレフイン重合体を得るためにまた触媒成分の取扱性を良くし、触媒成分の輸送や貯蔵を容易にするために、乾燥の程度を適度のものに調節することは、当業者が当然に考慮することである。

そうすると、「かかる液状炭化水素を乾燥するに際してその乾燥の程度をどの程度にするかは、当業者が当然に考慮することである」とした審決の認定判断には誤りはない。

なお、原告は、本願発明の固体触媒成分と乙第1号証に記載された固体触媒成分とはその組成及び性能において著しく異なる、と主張する。確かに、本願発明の固体触媒成分がマグネシウムを含有するのに対し乙第1号証記載の発明はそれを含有しない点で一応相違するが、本願発明の固体触媒成分におけるマグネシウムは、担体として存在するものでないので、マグネシウム担体の存在によって両者が区別される理由はない。むしろ、両者は、触媒活性成分として必須のチタンを含有するチーグラー・ナッタ型の固体触媒成分である点で一致するし、いずれも触媒活性が極めて高く、それらを用いてオレフインを重合すると、嵩密度及び立体規則性が高く且つ不都合な微粉状重合体含量の少ないオレフイン重合体が得られる点でも一致するから、両者は組成及び性能において本質的な差異はない。

(2)  取消事由2について

液状炭化水素の保持量が本願発明の範囲内にあることにより、白色粉末重合体の生成量、沸騰n-ヘプタン抽出残率、見かけ比重等は高く、微粉末重合体や可溶性重合体の生成量は低く、全体として均衡のとれた重合体が得られること、触媒の輸送や貯蔵を容易にすることなどの本願発明の奏する作用効果は、前記(1)記載の技術常識から当業者が予測することができるものである。本願明細書の第1表(本願公報15欄、16欄、平成1年9月11日付手続補正書4枚目)は、かかる当業者が予測できる作用効果をデータとして示したものにほかならない。同表によると、本願発明の実施例1ないし3(液状炭化水素保持量3.1ないし4.8wt%)のデータは、比較例3(液状炭化水素保持量0.1wt%)のデータと比べて格別相違するものではない。

したがって、本願発明の作用効果を見ても当業者が予測できる範囲を格別に超えたものでないとした審決の判断に誤りはない。

第4証拠関係

本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中において引用する書証はいずれも成立に争いがない。)。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  甲第2号証の1、4、第3号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願発明は、嵩密度及び立体規則性が高く且つまた不都合な微細粉状重合体含量の少ないオレフイン重合体若しくは共重合体を製造するのに用いて、優れた性能を示し且つ該性能の再現性においても優れた再現性を発揮できるオレフイン重合用固体状チタン触媒成分に関し、更に詳しくは、チタン、マクネシウム、ハロゲン及び電子供与体を必須成分として含有し、更にオレフイン重合用固体状チタン触媒成分重量に基いて1ないし10%の液状炭化水素を保有していることを特徴とするオレフイン重合用固体状チタン触媒成分に関する(本願公報1欄16行ないし2欄8行)。

従来、チタン、マグネシウム、ハロゲン及び電子供与体を必須成分とする固体状チタン触媒成分が炭素数3以上のα-オレフインの高活性、高立体規則性重合に有用であることは既に知らされていた。高性能の該チタン触媒成分は、多くの場合、該触媒成分調整の最終段階で、形成された固体担体に液相のチタン化合物を作用させることによって得られる。上述のようにして得られる固体状チタン触媒成分は、従来、液状の不活性炭化水素でよく洗浄し、該不活性炭化水素のスラリーとして保存するか又は乾燥させて保存し、重合に供していた。本願発明者らは、上述のようにして、同じ固体状チタン触媒成分形成用の化合物を用い、同様な調整手段によって形成された固体状チタン触媒成分の性能がしばしばかなり異なる場合があることに注目し、その原因について探求してきた。その結果、上記液状炭化水素の特定範囲量を該固体状チタン触媒成分に残留保有せしめるように乾燥すること、すなわち、特定範囲量の液状炭化水素を保有する該固体状チタン触媒成分とすることによって嵩密度及び立体規則性が高く且つまた不都合に微細粉状重合体含量の低減されたオレフイン重合体を得ることができ、さらにこのような性能の再現性が良く、工業的に顕著な改善が達成できることを発見した(同2欄17行ないし3欄27行)。本願発明は、上記改善を達成できるオレフイン重合用固体状チタン触媒成分を提供することを技術的課題(目的)とするものである(同2欄44行ないし4欄2行)。

(2)  本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨記載の構成(平成1年9月11日付手続補正書4枚目2行ないし19行)を採用した。

(3)  本願発明は、前記構成により、特に炭素数3以上のα-オレフインから嵩密度の大きい高立体規則性重合体を高収量で得ることが可能となり、微粒子ポリマーの生成が少なく工業的に有利に利用できる(本願公報12欄16行ないし20行)という作用効果を奏するものである。

3  引用例に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

4  取消事由1について

(1)  前記2における認定によれば、本願発明は、チタン、マグネシウム、ハロゲン及び電子供与体からなる、いわゆるハロゲン化マグネシウム担持型の、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分の改良として、該成分に1ないし10重量%の液状炭化水素を含有せしめることを特徴とする発明ということができる。

(2)  原告は、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分のような化学薬品の場合、品質の変動を避けるため恒量に達するまで乾燥を行うのが一般的であり、ハロゲン化マグネシウム担持型のオレフイン重合用固体状チタン触媒成分について乾燥程度を調節するという技術的思想は本件出願前には知られていなかったから、相違点についての審決の認定判断は誤っている旨主張する。

前記2における認定によれば、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分は、従来乾燥させて保存するだけでなく、不活性炭化水素のスラリーとして保存し、重合に供していたから、該固体状触媒成分には、液状炭化水素がある程度の量含まれていた場合もあったと推定される。しかしながら、従来技術では該固体状触媒成分の触媒としての性能と液状炭化水素の含有量との関係を考慮していなかった(引用例記載の発明が液状炭化水素で洗浄し、窒素雰囲気中で乾燥するものであるのに、その含有量について全く考慮していないのもその一例である。)のに対し、本願発明は同じ該固体状触媒成分を用いながらその性能がかなり異なる場合があることに着目し、この問題を液状炭化水素の含有量を調節することによって解決できるとの知見のもとに上記2(1)のとおり液状炭化水素の含有量を1ないし10重量%に限定する構成を採用したものであり、その結果嵩密度及び立体規則性が高く且つ不都合な微細粉状重合体含量の低減されたオレフイン重合体を得ることができる等の作用効果を奏するものである。

そうであれば、該固体状触媒成分の液状炭化水素の含有量を1ないし10重量%に限定することが当業者において実験的に容易になし得る程度のこととは到底いえない。

(3)  上記(2)の点について、被告は、乙第1号証を援用してオレフイン重合用固体状チタン触媒成分を液状炭化水素含量が少量存在するように乾燥することにより上記のようなオレフイン重合体を得ることは技術常識である、と主張する。

そこで、乙第1号証記載の技術内容について検討すると、乙第1号証によれば、乙第1号証は、昭和52年4月21日に公開された特許出願公開公報であって、乙第1号証には、特許請求の範囲として「三塩化チタン粒子を、その液体含量が該粒子中に存在する三塩化チタン粒子の重量に対して1重量%より低くなるまで乾燥させたものであることを特徴とする。α-オレフインの立体特異性重合に使用できる三塩化チタンの粒子」(1頁左下欄6行ないし10行)との記載があり、発明の詳細な説明中に、「本出願人のベルギー特許第780758号明細書には、α-オレフインの重合に特に有利に使用される三塩化チタンの粒子が記載されている。……この特異な構造は……触媒残渣をもはや除去する必要がない程該残渣がわずかになるような条件下で重合を行うことができる。」(3頁右上欄3行ないし15行)との記載及び「今般本発明者は、前記のベルギー特許に従って製造される粒子の利点をすべて有し、しかも重合温度が比較的高い場合に劣った形態の重合体が生成する不利益をもはや受けない三塩化チタンの粒子を見い出した。従って本発明は、三塩化チタン粒子をその液体含量が該粒子中に存在する三塩化チタンの重量に対して1重量%より低くなるまで乾燥させたものであることを特徴とする、α-オレフインの立体異性重合に使用できる三塩化チタンの粒子を提供する。本発明者は、三塩化チタン粒子の液体含量が前記の限度より低くなるまで該粒子を乾燥すると焼入れ又は焼戻し現象が起こることを知見した。この乾燥をかかる低い液体含量を与えない条件下で行う場合には、前述の不利益が比較的高温の重合中に観察される。これに対し、乾燥を前記の液体含量を与えるように行う場合には、乾燥した粒子はより高い液体含量をもつ粒子と同程度もしくはそれより若干高い程度触媒活性を示しかつ重合を比較的高温で行った場合でも優れた形態の重合体を与える。」(3頁左下欄19行ないし右下欄20行)との記載があることが認定できる。

上記認定によれば、乙第1号証は、本件出願2年前に公開された特許出願公開公報であり、前記本願明細書及び引用例の記載事項に照らしても、この乙第1号証の記載事項のみで、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分を液状炭化水素含量が少量存在するように乾燥することにより本願明細書に記載されたようにオレフイン重合体を得ることが技術常識である、とは到底いえない。しかも、乙第1号証は、三塩化チタン粒子中の液体含量を1重量%より低くなるまで乾燥すると焼入れ焼戻し現象が起こり、耐熱性の触媒が得られることを開示しており、したがって、乙第1号証記載の発明は液状炭化水素含量を1重量%より低くなるようにすることを特徴とするものであり、それを超える液状炭化水素を除去することを示しており、本願発明のように液状炭化水素をそれ以上の特定量残存させることを教示するものではないことが認められた。

(4)  そうすると、本願発明の特徴とする液状炭化水素を保有するオレフイン重合用固体状チタン触媒成分の乾燥程度を1ないし10重量%に調整するという技術的思想は、本件出願当時の技術常識に基づくものでなく、また、乙第1号証に示されていたということもできないことが明らかであり、他に、本件出願当時上記の技術的思想が周知であったことを示す証拠はない。

したがって、ハロゲン化マグネシウム担持型のオレフイン重合用固体状チタン触媒成分について乾燥程度を1ないし10重量%の液状炭化水素含量となるように調節して相違点に係る本願発明の構成に想到することは、当業者であっても本件出願当時には容易ではなかったというべきである。

そうしてみると、「かかる液状炭化水素を乾燥するに際してその乾燥の程度をどの程度にするかは、当業者が当然に考慮することである」としてうえ、その乾燥の程度を「得られるオレフイン重合用固体状チタン触媒成分の重量に基づいて該液状炭化水素含有量が1ないし10%となるようなものとすることは、当業者が実験的に容易になし得る程度のこと」とした審決の認定判断は誤りであるといわなければならない。

(5)  ところで、被告は、オレフイン重合用固体状チタン触媒成分の取扱性を良くし輸送や貯蔵を容易にするために触媒成分を乾燥することが技術常識であることを根拠に、その乾燥の程度を適度のものに調節することは当業者が当然に考慮することである、と主張する。

しかしながら、取扱性を良くし輸送や貯蔵を容易にするために触媒成分を乾燥することが周知であるかどうかはしばらく措き、仮にそうであるとしても、取扱性を良くし輸送や貯蔵を容易にする目的でオレフイン重合用固体状チタン触媒成分を乾燥するのであれば、一定の品質を得るためにもできるだけ恒量に達するまで乾燥しようとすることこそ技術常識であるということができるから、本願発明のように、液状炭化水素をオレフイン重合用固体状チタン触媒成分中に特定量残存させることを当業者が当然に推考できるということはできず、被告の主張は失当というべきである。

5  よって、その余の点を判断するまでもなく、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由があるから認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7状、民事訴訟法89条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

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